おーぷんはあと 2002年1月号〜12月号
中学校で心の教室相談員をしていた時に生徒たちに伝えたい心のお話しを毎月の通信「おーぷんはあと」に載せていました。内容はその時に気になっていることをテーマにしていました。例えば、面接のなかで気になったこととか、先生たちとの話題の中で気になったこととか…。頭の中で特定の何人かを浮かべて、その子たちの心に少しでも届いて欲しいと願って書いていました。
●自己チュー 2002年1月号 自己中心的であることは必要なことだけど
「自己チュー」というのは、自己中心的で人の気持ちや立場を思いやることができない性質を言います。相手の気持ちがわからないので、人の気持ちを察して配慮した行動が取れないのです。また、人の気持ちを汲み取るのが苦手なため、人と一緒にいると居心地の悪さを感じてしまいます。考えてもよく分からないので、「どうせ自分は自己チューだから」とか、「関係ない」などますます孤立していき、どんどん人の気持ちを察するのが苦手になってしまいます。かといって、人のことが気にならないわけではないのです。「相手が何を感じているのかわからないから、どう対処していいかわからない」「自分がどう見られているかもわからない」「どうしたらうまく付き合っていけるか分からない」と不安を抱え、自分の世界にこもってしまい人と関わるのをやめてしまいます。
「自己チュー」な部分は誰しもが持っているものです。自己中心的であることはある程度普通ですし、望ましいことでもあります。自分の利益を守り、主張することは本能のようなものであり、自分を伸ばそうとする力にもなります。自分中心ということは自分が一番重要だと感じることでもあり、健全なことです。しかし、いつもそれが好ましいというわけではありません。色々な人との出会いによって「自分は…」「その人は…」と想像を働かせ、相手がどう感じているのか、どう見ているのかを知ろうとすることが大切です。自分の思いだけではなく相手の思いにも気がつくこと、その経験の積み重ねが「自己チュー」から抜け出して、人とうまくつながっていけることになるのではないかと私は考えています。
●自己表現 2002年2月号 自分を表現するとはどんなことかを
人と話をしたり、一緒に何かをしようとすることは、自分を知らせることであり、それなしでは進まないものです。自分を知らせないで仲良くなったりすることはないのです。自分を知らせるためには、自分の心の中の気持ちや考えをなるべく正確に取り上げ、正直に伝える努力が必要です。このような対人関係の技術のことを「自己表現」といいます。
「自己表現」とは、相手の立場や考えも分かりながらも、自分の考えや欲求、価値観、感情などを伝え、気持ちよく問題解決することです。その時に重要なことは言いたいことが「伝わる」かどうかではなくて、自分の気持ちが適切に言えるかどうかです。
伝える好意によって、受け取るか、受け取らないかは相手の自由です。必ず受け取ってもらえるわけではなく、伝わるかどうかは分からないのです。相手は自分の思うとおりには動かないものですね。だからと言って、自分を伝える時には、失敗を怖れないで、自分のできる限りで気持ちを表現してみて下さい。人と関わることは、楽しくもありますが面倒なことでもあります。お互いが同等に大切にされ、平等に話し合える関係作りのための態度と技術を身に付けることの努力をおしまないで下さい。自分と相手の「気持ち」を考え、自分の気持ちを表現すること=さわやかな自己表現が出来るようになることを願っています。
●自己表現 その2 2002年3月号 アサーション(さわやかな自己表現)について
自己表現のタイプには三つあります。
さわやかな自己表現(アサーション)とは3番目のやり方をいいます。あなたはどのタイプでしょう。それぞれの特徴から自分の傾向を検討してみましょう。
多くの人は誰か特定の人との関係とか、ある特定な状況でアサーティブになれなくなるようです。友達と、家族と、あなたはどうでしょうか?まずは、特定の人や状況でアサーションできなくなることに気が付いたら,行動を変えるチャンスがつかみやすくなります。チャンスがきたら、変える努力もしてみましょう。
私は、自己表現とは自分を大切にし,相手も大切にできるようになることだと考えています。そのためにどうしたらアサーティブになれるのか、考えながら話すようにしています。いつでもそうできるわけではありませんが、そうありたいと思うと少しずつ変わっていけるのではないかと努力しています。
●あなたの夢は? 2002年5月号 どうぞ夢を持ってください
皆さんはどんな夢がありますか?それとも「夢なんてないよ」と思っていますか?夢はかなわなくてもあることがすてきなことと私は考えます。夢があると、元気になったり、がんばれたり、耐えられたり、多少の困難にも立ち向かう勇気がわいてきます。そんな時は生き生きと輝いて見えるものです。私は希望を持ってもらいたいと思っているのです。
夢がない時もありますよね。夢がいつもなければならないというわけではありません。私は成長とともに夢が変わってきました。夢を見つけられずに悩み、落ち込んだ時期もありました。環境や状況の変化とともに興味の対象は移り変わり、夢はどんどん変わっていいのだと思います。かなわなければあきらめてもいいと思うのです。うまくいったり、いかなかったり、それが「成長すること」と考えてみてはどうでしょうか。
中学校生活は多感で心身ともに大きな変化を迎える時期です。つまずきそうになった時は、ひとりで考え込むよりも、誰かと一緒に考えてみましょう。私は、少しでも皆さんのお役に立てればと思っています。そんな時に私を思い浮かべてもらえるとうれしいです。
●思春期病 2002年6月号 自己診断のためのチェックリスト
思春期病という病気があるわけではありません。思春期の色々な訴えはあるけれど、病気の診断基準を満たさない状態のことです。十分な症状があるのに病気ではないので、仮の病名として思春期病とつけたわけです。思春期の色々な訴えとは、腹痛・頭痛・めまい・吐き気・だるさ・繰り返す下痢・寝起きが良くないなどです。そこで、自分はどのくらい思春期病に当てはまるのか、自己鑑定してみましょう。だいたいそうだ〜全くそうだと思える番号に○をつけて下さいね。
7つ以上あてはまった人は思春期病の要素があります。半分以上あてはまった人は思春期病かもしれません。誰か相談できる人や話ができる人を見つけましょう。また、あなたを自由にしてくれる人を探してみましょう。もし良かったら…心の教室でもかまいませんよ。待っていますね。
●気持ちを感じて言葉にしてみよう! 2002年7月号 気持ちを言葉にしにくい生徒達と接していて
日頃、私達は主に言葉で会話をしています。目つきや表情や態度でおしはかることはできますが、確かにそうかどうかはわからないのです。日頃の相談の中で、自分の気持が「言えない」、相手の気持ちを「聞けない」という話をよく聞きます。また、友達から聞いた話しや相手の様子から「〜と言っている」とか、「〜と思ってる」と話してくれることも多いです。しかし、それは事実でしょうか。
私が気になるのは、相手と関わることをやめてしまうことによっておきるあなた自身の気持ちです。その後はどんな気持ちになるのでしょう。自分ばかりがいつも我慢しているような気持ちや誰も自分をわかってくれない気持ちや誰も信じられない気持ちなど、どんどん嫌な気持ちが心の中に積み重なっていきます。ほとんどの人は信頼できる誰かに話しをしたり、自問自答しながら気持ちを整理していきます。ところが、そのときの状況によって自分の中にどんどんと積み重ねていってしまう時があります。心の中にためられる気持ちには限りがあります。あまりにたまってしまうと頭が痛くなったり、おなかが痛くなったり、気持ちが悪くなったりします。熱が出てしまうときもあります。このような状態には誰でもがなるわけではありませんが、自分の気持ちを我慢しているときにはなりやすいといえます。
気持ちは飲み込んでしまうよりも言葉にしてみましょう。必ずしも適切に気持ちが言葉にできるわけではありません。言葉にして口にしてみると気持ちがまとまったり、落ち着いたりするものです。できるだけ正直な、ぴったりとする言葉を捜してみましょう。言葉にするのが難しかったら、気持ちを感じることからはじめてみましょう。モヤモヤした感じとか、重たい感じとか‥そうして、自分の心の中にある気持ちを感じることは、自分を知っていくことになります。自分探しは、自分の気持ちに出会い、そしてその気持ちを確かめて、自分のものとわかっていくことから始まっていきます。
●人の目が気になる 2002年9月号 カウンセリングの中で多くの生徒が言う言葉
思春期頃になると人の目を気にするようになるのは健康なことです。それは、かけがえのないたったひとりの自分になりつつあるからです。自分の表情が、視線が、動作がどう見られているのか、どう思われているのか気にしない人はいないのです。
また、何でも平均がいいことだとする日本的な考えのために、平均からはずれてしまうことを良い方より悪い方に意識してしまいがちです。自分の特徴や自分らしさが他人に不快感を与えているのではないかと意識しすぎることは対人恐怖につながっていきます。ある調査によると大学生の50%が対人恐怖を自覚しているそうです。案外多くの人が人の目が気になっているのですね。
誰しも人に嫌われるのは辛いものです。嫌われまいとして本来の自分を偽ったり、隠したりして、大勢に合わせることは度々あるものです。しかし、いつも他人に合わせてばかりで嫌われることに対する恐怖心が大きいと、自分自身が生きにくくてしかたがないはずです。
では、回りの人はどの位あなたに注目しているのでしょう。アメリカのある研究では「変な格好を気にしている人」が考えていることと、「まわりの人」が実際に考えていることを比べてみました。結果、50%の人が自分の変な格好に気がついているだろうと推測したのですが、実際に気づいていたのは25%以下だったのです。この研究から実際に注目されている以上に自分が注目されていると感じる心理状態や多くの人が自分の違いに気がついているだろうという推測は心配しすぎである可能性を示しています。他の人も自分自身のことをあなたと同じようにあれやこれや忙しく考えているため、必ずしもあなただけに注目しているわけではないということです。
こうした悩みは、生真面目で自分を強く持てない人に多く見られると言われています。人の目を気にしてしまう気持ちを横において、自分の思いどおりに自分らしく生きてみましょう。自分らしさは持ちながら、他人の意見にも耳を傾け、状況に応じて主張したり、ゆずったりできるようになるといいですね。
●三つの私 2002年10月号 エゴグラムをわかりやすく
心理学では人間の心をさまざまな理論で考えます。その1つに交流分析という理論があります。交流分析では、人は誰も自分の中に「三つの私」をもっているとします。この「三つの私」は五つの心の状態や行動パターンに分けられます。一般的に性格といわれるものです。
では、「三つの私」について説明しましょう。親の影響をそのまま取り入れた親のような心『P』(Parent)と成人として客観的な心で現実の認識や物事を判断する大人の心『A』(Adult)と子供心そのものの子供の心『C』(Child)があります。『P』には父親的で批判的な親『CP』と母親的で養護的な親『NP』があり、『C』には本能的で自由奔放な子供『FC』と親の顔色を見るような順応した子供『AC』があります。
この五つのイメージを例えてみましょう。
『CP』=怒りっぽいがんこオヤジ
『NP』=お世話好きのオバチャン
『A』 =クールで合理的なオニイサン
『FC』=いつも明るいヤンチャ坊主
『AC』=言いたいことが言えないイイ子ぶりっ子
この5人は誰の心の中にもいてさまざまな状況に応じてさまざまな対応をします。そして、各々は長所と短所を持っています。良いとか悪いとか言うものではありません。
その私を知る方法に「エゴグラム」があります。「エゴグラム」とは五つの心がどのように発揮されているか、自分の性格特性に気付くものです。心の状態や行動パターンをもとに約50の質問をして、折れ線グラフで表します。情緒的に安定した人は時と場合によってそれぞれの私をあらわすことが出来ると言われています。そこで大切なのはその人がどういう人になりたいか考えることです。それぞれの立場や生活環境においてどのように自分をわかり、自己の内面をコントロールするかということです。
「エゴグラム」は簡単にできるテストです。試してみたい人は心の教室に用意してありますので声をかけて下さいね。どんな自分なのか知ることはきっと役に立つと思いますよ。
●体の不調と心の不調 2002年11月号 自分だけがおかしいんじゃないよ
体の不調には発熱やせきなど人から見てわかりやすい症状と頭痛や腹痛、吐き気など本人は辛いのですが他の人にはわかりにくい症状とがあります。これらは誰にでもおこることなので相手を気づかったり、心配したりしやすいことですね。本人も休んだりして体調を整えるようにすると思います。
心の不調は頭痛や腹痛、はき気などの症状になるときもありますが、「やる気がおきない」「イライラする」「やけに腹が立つ」[落ち込んでしまう]など回りの人にはわかりにくい症状だったりします。このような気持ちは誰にでもおこることなのですが、「わがままだ」「自分勝手だ」「くよくよしてる」などその人の性格の問題のように扱われてしまうことがあります。また、同じことでも人によって感じ方が違うために「そんなことで」とあたかも不調になる本人が悪いかのように非難されたり、「自分だけが」と自ら私がダメと自己否定してしまったりします。
このように、体の不調は誰もが気づかいやすいのに比べて、心の不調は同じような経験をした人には気づきやすかったりしますが、本人以外にはその辛さがなかなかわかってもらいにくいものです。
では、心の不調はどのようにしたらよいのでしょう。人間には体の中にもともと治る力(自然治ゆ力)があるのでそのままにしておいても良くなっていきますが、症状にあった処置をした方が早く楽になれます。暖かい物を飲んだり食べたり、よく眠るなど体や心を休めることがひとつあります。無理に明るくしたり、苦しいことをしたりしないで、好きな音楽を聞くとか趣味に取り組むとか好きな友達とおしゃべりするとか心が穏やかになれるようにしてみましょう。
次に、話しやすい人、話がわかってもらえそうな人に今の気持ちを話してみましょう。もちろん、自分ひとりでいろいろと考えてみることも大切です。しかし、なかなかその状態から抜け出せないなぁと感じるときは、他の人の力を借りることが必要です。何かヒントやきっかけが見つかるかもしれないですよ。
●心のケガ 2002年12月号 気持ちの問題でいいんだよ
心もケガをすることがあります。みなさんも誰かの何気ない一言に、明らかに悪意のこもった言葉に「傷ついた」「むかついた」と感じたことがあると思います。忘れたくても忘れられない、何度も繰り返し考えてしまう、思い出したくなくても思い出してしまうなどは心にケガをしている状態です。
心にケガをするのは心が弱いからではありません。体のケガと同じように、誰にでも、どんな人にもあることです。心が傷ついたと思った時、はずかしいことのように思って隠そうとしたりすることがあるかもしれません。心が傷つくことは、別にはずかしいことでも、おかしなことでも、自分が悪いわけではありません。切り傷やすり傷のように、ちょっとしたことで心にケガをすることはあるのです。誰しもが病気になりたい、ケガをしたいと思ってそうなることがないように、心のケガや病気も自分で選んでなってしまうわけではないのです。
心にケガをしてしまうと、今までと同じことが同じようにできなくなってしまいます。いつもは何でもないことで気がめいったり、心に痛みをかんじたりします。心を傷つける言葉ではなくても、心に痛みを感じてしまうのです。
その時に無理に明るくしようとしたり、普通にしていようとがんばってしまうのは大変苦しいことです。自分の悩みや弱さをがまんしてしまう、人には見せないようにしようとしてしまうがんばりやさんや自分ひとりで何とかしようと一生懸命になってしまうしっかりやさんは心のケガがなかなか良くならないことがあります。心のケガも体のケガと同様にゆっくり休むこと、自分をいたわることが大切です。心が落ち着く、ゆったり、安心できるような状態が必要です。あわてないで自分を大切にしていると自然と心のケガは治っていきます。人には誰しも自分自身で治る力(自然治ゆ力)があるからです。
ただ、どうしても自分の力だけでは良くならないときがあります。一ヶ月くらい同じような状態が続いているときには要注意です。そんな時は、ほかの人の力を借りることが必要です。安心できる、自由になれる、わかってくれそうな人に苦しさを話してみましょう。「どうせわかってくれない」とあきらめてしまわないで!きっとあなたをわかってくれる人はいますよ!
●自己チュー 2002年1月号 自己中心的であることは必要なことだけど
「自己チュー」というのは、自己中心的で人の気持ちや立場を思いやることができない性質を言います。相手の気持ちがわからないので、人の気持ちを察して配慮した行動が取れないのです。また、人の気持ちを汲み取るのが苦手なため、人と一緒にいると居心地の悪さを感じてしまいます。考えてもよく分からないので、「どうせ自分は自己チューだから」とか、「関係ない」などますます孤立していき、どんどん人の気持ちを察するのが苦手になってしまいます。かといって、人のことが気にならないわけではないのです。「相手が何を感じているのかわからないから、どう対処していいかわからない」「自分がどう見られているかもわからない」「どうしたらうまく付き合っていけるか分からない」と不安を抱え、自分の世界にこもってしまい人と関わるのをやめてしまいます。
「自己チュー」な部分は誰しもが持っているものです。自己中心的であることはある程度普通ですし、望ましいことでもあります。自分の利益を守り、主張することは本能のようなものであり、自分を伸ばそうとする力にもなります。自分中心ということは自分が一番重要だと感じることでもあり、健全なことです。しかし、いつもそれが好ましいというわけではありません。色々な人との出会いによって「自分は…」「その人は…」と想像を働かせ、相手がどう感じているのか、どう見ているのかを知ろうとすることが大切です。自分の思いだけではなく相手の思いにも気がつくこと、その経験の積み重ねが「自己チュー」から抜け出して、人とうまくつながっていけることになるのではないかと私は考えています。
●自己表現 2002年2月号 自分を表現するとはどんなことかを
人と話をしたり、一緒に何かをしようとすることは、自分を知らせることであり、それなしでは進まないものです。自分を知らせないで仲良くなったりすることはないのです。自分を知らせるためには、自分の心の中の気持ちや考えをなるべく正確に取り上げ、正直に伝える努力が必要です。このような対人関係の技術のことを「自己表現」といいます。
「自己表現」とは、相手の立場や考えも分かりながらも、自分の考えや欲求、価値観、感情などを伝え、気持ちよく問題解決することです。その時に重要なことは言いたいことが「伝わる」かどうかではなくて、自分の気持ちが適切に言えるかどうかです。
伝える好意によって、受け取るか、受け取らないかは相手の自由です。必ず受け取ってもらえるわけではなく、伝わるかどうかは分からないのです。相手は自分の思うとおりには動かないものですね。だからと言って、自分を伝える時には、失敗を怖れないで、自分のできる限りで気持ちを表現してみて下さい。人と関わることは、楽しくもありますが面倒なことでもあります。お互いが同等に大切にされ、平等に話し合える関係作りのための態度と技術を身に付けることの努力をおしまないで下さい。自分と相手の「気持ち」を考え、自分の気持ちを表現すること=さわやかな自己表現が出来るようになることを願っています。
●自己表現 その2 2002年3月号 アサーション(さわやかな自己表現)について
自己表現のタイプには三つあります。
- 攻撃的−自分のことだけ考えて、他者を踏みにじるやり方
- 非主張的−自分よりも他者を常に優先し、自分のことを後回しにするやり方
- アサーティブ−自分のことをまず考えるが、他者をも配慮するやり方
さわやかな自己表現(アサーション)とは3番目のやり方をいいます。あなたはどのタイプでしょう。それぞれの特徴から自分の傾向を検討してみましょう。
| 非主張的 | 攻撃的 | アサーティブ |
| 引っ込み思案 卑屈 消極的 自己否定的 依存的 他人本位 相手任せ 承認を期待 服従的 黙る 弁解がましい | 強がり 尊大 無頓着 他者否定的 操作的 自分本位 相手に指示 優越を誇る 支配的 一方的に主張する 責任転嫁 | 正直 率直 積極的 自他尊重 自発的 自他調和 自他協力 自己選択で決める 歩み寄り 柔軟に対応する 自分の責任で行動 |
多くの人は誰か特定の人との関係とか、ある特定な状況でアサーティブになれなくなるようです。友達と、家族と、あなたはどうでしょうか?まずは、特定の人や状況でアサーションできなくなることに気が付いたら,行動を変えるチャンスがつかみやすくなります。チャンスがきたら、変える努力もしてみましょう。
私は、自己表現とは自分を大切にし,相手も大切にできるようになることだと考えています。そのためにどうしたらアサーティブになれるのか、考えながら話すようにしています。いつでもそうできるわけではありませんが、そうありたいと思うと少しずつ変わっていけるのではないかと努力しています。
●あなたの夢は? 2002年5月号 どうぞ夢を持ってください
皆さんはどんな夢がありますか?それとも「夢なんてないよ」と思っていますか?夢はかなわなくてもあることがすてきなことと私は考えます。夢があると、元気になったり、がんばれたり、耐えられたり、多少の困難にも立ち向かう勇気がわいてきます。そんな時は生き生きと輝いて見えるものです。私は希望を持ってもらいたいと思っているのです。
夢がない時もありますよね。夢がいつもなければならないというわけではありません。私は成長とともに夢が変わってきました。夢を見つけられずに悩み、落ち込んだ時期もありました。環境や状況の変化とともに興味の対象は移り変わり、夢はどんどん変わっていいのだと思います。かなわなければあきらめてもいいと思うのです。うまくいったり、いかなかったり、それが「成長すること」と考えてみてはどうでしょうか。
中学校生活は多感で心身ともに大きな変化を迎える時期です。つまずきそうになった時は、ひとりで考え込むよりも、誰かと一緒に考えてみましょう。私は、少しでも皆さんのお役に立てればと思っています。そんな時に私を思い浮かべてもらえるとうれしいです。
●思春期病 2002年6月号 自己診断のためのチェックリスト
思春期病という病気があるわけではありません。思春期の色々な訴えはあるけれど、病気の診断基準を満たさない状態のことです。十分な症状があるのに病気ではないので、仮の病名として思春期病とつけたわけです。思春期の色々な訴えとは、腹痛・頭痛・めまい・吐き気・だるさ・繰り返す下痢・寝起きが良くないなどです。そこで、自分はどのくらい思春期病に当てはまるのか、自己鑑定してみましょう。だいたいそうだ〜全くそうだと思える番号に○をつけて下さいね。
- 風呂に入るのは週に3回以下である。
- 夜眠るのは午前1時を過ぎることが多い。
- 昼間の服のまま寝てしまうことが多い。
- 自分の部屋はすごく散らかっている。
- 食卓以外で食事する、あるいは食事が不規則。
- 1日4時間以上はテレビ・ディスプレイの前にいる。
- 学校を休みがちである。
- 学校の規則が厳しすぎる。
- 先生とどうも相性が合わない。
- 授業、勉強に集中できない。
- 友人関係がうまくいっていない。
- 教室の中にいると落ち着かない。
- 頭痛、腹痛、めまいなどの不快な症状が週3日以上ある。
- 朝起きたくても起きられないことが週3日以上ある。
- 疲れやすく、寝ても疲れが取れない。
- 微熱が長く続くことがある。
- 何も出来ないくらい体調の悪いことがある。
- 食欲がわかず、少し食べても満腹になってしまう。
- イライラしやすい、感情のコントロールができない。
- 心が不安定なのを自分で実感できる。
- 心で思ったことと行動がよく食い違う。
- 何かをしようとすると気力がわかない。
- 気持ちが暗く不安感や敗北感を感じる。
- 暗い場所にいる方が落ち着く。
7つ以上あてはまった人は思春期病の要素があります。半分以上あてはまった人は思春期病かもしれません。誰か相談できる人や話ができる人を見つけましょう。また、あなたを自由にしてくれる人を探してみましょう。もし良かったら…心の教室でもかまいませんよ。待っていますね。
●気持ちを感じて言葉にしてみよう! 2002年7月号 気持ちを言葉にしにくい生徒達と接していて
日頃、私達は主に言葉で会話をしています。目つきや表情や態度でおしはかることはできますが、確かにそうかどうかはわからないのです。日頃の相談の中で、自分の気持が「言えない」、相手の気持ちを「聞けない」という話をよく聞きます。また、友達から聞いた話しや相手の様子から「〜と言っている」とか、「〜と思ってる」と話してくれることも多いです。しかし、それは事実でしょうか。
私が気になるのは、相手と関わることをやめてしまうことによっておきるあなた自身の気持ちです。その後はどんな気持ちになるのでしょう。自分ばかりがいつも我慢しているような気持ちや誰も自分をわかってくれない気持ちや誰も信じられない気持ちなど、どんどん嫌な気持ちが心の中に積み重なっていきます。ほとんどの人は信頼できる誰かに話しをしたり、自問自答しながら気持ちを整理していきます。ところが、そのときの状況によって自分の中にどんどんと積み重ねていってしまう時があります。心の中にためられる気持ちには限りがあります。あまりにたまってしまうと頭が痛くなったり、おなかが痛くなったり、気持ちが悪くなったりします。熱が出てしまうときもあります。このような状態には誰でもがなるわけではありませんが、自分の気持ちを我慢しているときにはなりやすいといえます。
気持ちは飲み込んでしまうよりも言葉にしてみましょう。必ずしも適切に気持ちが言葉にできるわけではありません。言葉にして口にしてみると気持ちがまとまったり、落ち着いたりするものです。できるだけ正直な、ぴったりとする言葉を捜してみましょう。言葉にするのが難しかったら、気持ちを感じることからはじめてみましょう。モヤモヤした感じとか、重たい感じとか‥そうして、自分の心の中にある気持ちを感じることは、自分を知っていくことになります。自分探しは、自分の気持ちに出会い、そしてその気持ちを確かめて、自分のものとわかっていくことから始まっていきます。
●人の目が気になる 2002年9月号 カウンセリングの中で多くの生徒が言う言葉
思春期頃になると人の目を気にするようになるのは健康なことです。それは、かけがえのないたったひとりの自分になりつつあるからです。自分の表情が、視線が、動作がどう見られているのか、どう思われているのか気にしない人はいないのです。
また、何でも平均がいいことだとする日本的な考えのために、平均からはずれてしまうことを良い方より悪い方に意識してしまいがちです。自分の特徴や自分らしさが他人に不快感を与えているのではないかと意識しすぎることは対人恐怖につながっていきます。ある調査によると大学生の50%が対人恐怖を自覚しているそうです。案外多くの人が人の目が気になっているのですね。
誰しも人に嫌われるのは辛いものです。嫌われまいとして本来の自分を偽ったり、隠したりして、大勢に合わせることは度々あるものです。しかし、いつも他人に合わせてばかりで嫌われることに対する恐怖心が大きいと、自分自身が生きにくくてしかたがないはずです。
では、回りの人はどの位あなたに注目しているのでしょう。アメリカのある研究では「変な格好を気にしている人」が考えていることと、「まわりの人」が実際に考えていることを比べてみました。結果、50%の人が自分の変な格好に気がついているだろうと推測したのですが、実際に気づいていたのは25%以下だったのです。この研究から実際に注目されている以上に自分が注目されていると感じる心理状態や多くの人が自分の違いに気がついているだろうという推測は心配しすぎである可能性を示しています。他の人も自分自身のことをあなたと同じようにあれやこれや忙しく考えているため、必ずしもあなただけに注目しているわけではないということです。
こうした悩みは、生真面目で自分を強く持てない人に多く見られると言われています。人の目を気にしてしまう気持ちを横において、自分の思いどおりに自分らしく生きてみましょう。自分らしさは持ちながら、他人の意見にも耳を傾け、状況に応じて主張したり、ゆずったりできるようになるといいですね。
●三つの私 2002年10月号 エゴグラムをわかりやすく
心理学では人間の心をさまざまな理論で考えます。その1つに交流分析という理論があります。交流分析では、人は誰も自分の中に「三つの私」をもっているとします。この「三つの私」は五つの心の状態や行動パターンに分けられます。一般的に性格といわれるものです。
では、「三つの私」について説明しましょう。親の影響をそのまま取り入れた親のような心『P』(Parent)と成人として客観的な心で現実の認識や物事を判断する大人の心『A』(Adult)と子供心そのものの子供の心『C』(Child)があります。『P』には父親的で批判的な親『CP』と母親的で養護的な親『NP』があり、『C』には本能的で自由奔放な子供『FC』と親の顔色を見るような順応した子供『AC』があります。
この五つのイメージを例えてみましょう。
『CP』=怒りっぽいがんこオヤジ
『NP』=お世話好きのオバチャン
『A』 =クールで合理的なオニイサン
『FC』=いつも明るいヤンチャ坊主
『AC』=言いたいことが言えないイイ子ぶりっ子
この5人は誰の心の中にもいてさまざまな状況に応じてさまざまな対応をします。そして、各々は長所と短所を持っています。良いとか悪いとか言うものではありません。
その私を知る方法に「エゴグラム」があります。「エゴグラム」とは五つの心がどのように発揮されているか、自分の性格特性に気付くものです。心の状態や行動パターンをもとに約50の質問をして、折れ線グラフで表します。情緒的に安定した人は時と場合によってそれぞれの私をあらわすことが出来ると言われています。そこで大切なのはその人がどういう人になりたいか考えることです。それぞれの立場や生活環境においてどのように自分をわかり、自己の内面をコントロールするかということです。
「エゴグラム」は簡単にできるテストです。試してみたい人は心の教室に用意してありますので声をかけて下さいね。どんな自分なのか知ることはきっと役に立つと思いますよ。
●体の不調と心の不調 2002年11月号 自分だけがおかしいんじゃないよ
体の不調には発熱やせきなど人から見てわかりやすい症状と頭痛や腹痛、吐き気など本人は辛いのですが他の人にはわかりにくい症状とがあります。これらは誰にでもおこることなので相手を気づかったり、心配したりしやすいことですね。本人も休んだりして体調を整えるようにすると思います。
心の不調は頭痛や腹痛、はき気などの症状になるときもありますが、「やる気がおきない」「イライラする」「やけに腹が立つ」[落ち込んでしまう]など回りの人にはわかりにくい症状だったりします。このような気持ちは誰にでもおこることなのですが、「わがままだ」「自分勝手だ」「くよくよしてる」などその人の性格の問題のように扱われてしまうことがあります。また、同じことでも人によって感じ方が違うために「そんなことで」とあたかも不調になる本人が悪いかのように非難されたり、「自分だけが」と自ら私がダメと自己否定してしまったりします。
このように、体の不調は誰もが気づかいやすいのに比べて、心の不調は同じような経験をした人には気づきやすかったりしますが、本人以外にはその辛さがなかなかわかってもらいにくいものです。
では、心の不調はどのようにしたらよいのでしょう。人間には体の中にもともと治る力(自然治ゆ力)があるのでそのままにしておいても良くなっていきますが、症状にあった処置をした方が早く楽になれます。暖かい物を飲んだり食べたり、よく眠るなど体や心を休めることがひとつあります。無理に明るくしたり、苦しいことをしたりしないで、好きな音楽を聞くとか趣味に取り組むとか好きな友達とおしゃべりするとか心が穏やかになれるようにしてみましょう。
次に、話しやすい人、話がわかってもらえそうな人に今の気持ちを話してみましょう。もちろん、自分ひとりでいろいろと考えてみることも大切です。しかし、なかなかその状態から抜け出せないなぁと感じるときは、他の人の力を借りることが必要です。何かヒントやきっかけが見つかるかもしれないですよ。
●心のケガ 2002年12月号 気持ちの問題でいいんだよ
心もケガをすることがあります。みなさんも誰かの何気ない一言に、明らかに悪意のこもった言葉に「傷ついた」「むかついた」と感じたことがあると思います。忘れたくても忘れられない、何度も繰り返し考えてしまう、思い出したくなくても思い出してしまうなどは心にケガをしている状態です。
心にケガをするのは心が弱いからではありません。体のケガと同じように、誰にでも、どんな人にもあることです。心が傷ついたと思った時、はずかしいことのように思って隠そうとしたりすることがあるかもしれません。心が傷つくことは、別にはずかしいことでも、おかしなことでも、自分が悪いわけではありません。切り傷やすり傷のように、ちょっとしたことで心にケガをすることはあるのです。誰しもが病気になりたい、ケガをしたいと思ってそうなることがないように、心のケガや病気も自分で選んでなってしまうわけではないのです。
心にケガをしてしまうと、今までと同じことが同じようにできなくなってしまいます。いつもは何でもないことで気がめいったり、心に痛みをかんじたりします。心を傷つける言葉ではなくても、心に痛みを感じてしまうのです。
その時に無理に明るくしようとしたり、普通にしていようとがんばってしまうのは大変苦しいことです。自分の悩みや弱さをがまんしてしまう、人には見せないようにしようとしてしまうがんばりやさんや自分ひとりで何とかしようと一生懸命になってしまうしっかりやさんは心のケガがなかなか良くならないことがあります。心のケガも体のケガと同様にゆっくり休むこと、自分をいたわることが大切です。心が落ち着く、ゆったり、安心できるような状態が必要です。あわてないで自分を大切にしていると自然と心のケガは治っていきます。人には誰しも自分自身で治る力(自然治ゆ力)があるからです。
ただ、どうしても自分の力だけでは良くならないときがあります。一ヶ月くらい同じような状態が続いているときには要注意です。そんな時は、ほかの人の力を借りることが必要です。安心できる、自由になれる、わかってくれそうな人に苦しさを話してみましょう。「どうせわかってくれない」とあきらめてしまわないで!きっとあなたをわかってくれる人はいますよ!
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