わたしの不妊物語
私が不妊カウンセリングに関心を持つようになったのは、母乳育児支援を続けている中で不妊の話題が度々あったからです。
私は初潮が遅かったり(中学三年の頃でした)、周期が長かったり(48日周期でした)、20才前後の頃は3ヵ月から半年くらい月経がない時が数年続きました。母が助産師だったおかげで、基礎体温をつけて婦人科で積極的に治療を受けました。また、月経に煩わされることなく旅行期間を過ごせるようにホルモン剤を使って月経の調節をしたりもしました。その頃から漠然とですが、「私は子どもが出来ないかもしれない…」と感じていました。
社会人になってから子どもがいない夫婦が身近に数組いました。「結婚すれば子どもはできるもの」と何となく思っていたのですが、「案外子どもが出来るのはたいへんなことなのかもしれない」と思うようになりました。
不妊の問題を自分の問題として考えるようになったのは20代後半になってからです。結婚して3年がたとうとしていました。会社の上司や同僚、あるいは知人から当然のように「子どもはまだ?」と挨拶代わりに尋ねられることが本当に苦痛でした。その度に私は「私は子どもが嫌いだから!」と怒ったように答えたのを忘れられません。そんな時は必ずといっていいほど「子どもを持てば変わるよ」と言われたのですが、出来ないかもしれない不安で「子どもを持てる」自信がないのですから「人ごとだと思って…」ととても憤慨し、落胆したのでした。また、ある時には、「子どもを持つか持たないかはとってもプライベートなことなのに、丸で時候の挨拶のように聞かれることはとても不愉快」とも答えました。また、「子どもが欲しくてもできない人もいるのに、子供が出来て当たり前のように言われるのは失礼だ」とも答えました。それがその頃の私には精一杯でした。
私は今も同じように感じていますが、女性に聞いてはいけない質問があると思うのです。しかし、それは案外どの人もその場をつなげるためだったり、そんなに意識をしないで安易に口にする質問だったりします。適齢期と言われる女性に「結婚はまだ?」、結婚した女性に対して「子どもはまだ?」、子どもを授かった女性「2人目は?」「3人目は?」など…何と思いやりのない、不躾な、配慮のない言葉でしょう!質問をした本人にとっては悪意のない、何気ない言葉がために本当に困ってしまいます。このようなごくプライベートな問題は、大勢の前やあまり人間関係が出来ていない相手に対しては決してしてはならない質問だと私は考えます。
私は子どものことには今も過敏です。子どもに対する苦手感は今もぬぐえません。「子育てが苦痛」「子どもが嫌い」と今は口に出すことをためらいませんが、どちらかと言うと「そんなことい言って…」とか、「子育てが楽になれば寂しくなるのよ」とか、たしなめられるように言われることが辛いです。女性でも子供嫌いの人がいておかしくないと思うし、育児が苦手でもかまわないと私は思います。育児は夫婦で共に育てあうことであり、母性という概念にしばられて、母親であることに縛られて、女性だけのものになってしまうのは苦しいことだと思うのです。
こうして、私が2人の子どもを授かるまでにもドラマがありました。どんな人にもその人でしか起こらないドラマがあると私は思います。私は不妊の定義に当てはまりましたが、わりと苦労なく生児を得られました。カウンセラーとして、この経験を活かして不妊に悩むカップルの役に立ちたいと考えています。また、女性にとって、結婚、妊娠、出産、育児は日常の出来事なのですがとても重大な転機でもあり、多くの決断を迫られます。そんな時々に寄り添い、支え、一緒に大きなうねりを乗り越えていく支援が出来たらと考えています。私も同様に日常では悩み苦しむ女性です。決してあなた一人ではない出来事を一緒に考え、少しでも生きやすくなるお手伝いがしたいのです。
女性のQOL(クオリティオブライフ=生活の質)を、もっと簡単な言葉で言い換えると、責められない、それでいいと尊重される人として生きていく支援を目指しているのです。
私は初潮が遅かったり(中学三年の頃でした)、周期が長かったり(48日周期でした)、20才前後の頃は3ヵ月から半年くらい月経がない時が数年続きました。母が助産師だったおかげで、基礎体温をつけて婦人科で積極的に治療を受けました。また、月経に煩わされることなく旅行期間を過ごせるようにホルモン剤を使って月経の調節をしたりもしました。その頃から漠然とですが、「私は子どもが出来ないかもしれない…」と感じていました。
社会人になってから子どもがいない夫婦が身近に数組いました。「結婚すれば子どもはできるもの」と何となく思っていたのですが、「案外子どもが出来るのはたいへんなことなのかもしれない」と思うようになりました。
不妊の問題を自分の問題として考えるようになったのは20代後半になってからです。結婚して3年がたとうとしていました。会社の上司や同僚、あるいは知人から当然のように「子どもはまだ?」と挨拶代わりに尋ねられることが本当に苦痛でした。その度に私は「私は子どもが嫌いだから!」と怒ったように答えたのを忘れられません。そんな時は必ずといっていいほど「子どもを持てば変わるよ」と言われたのですが、出来ないかもしれない不安で「子どもを持てる」自信がないのですから「人ごとだと思って…」ととても憤慨し、落胆したのでした。また、ある時には、「子どもを持つか持たないかはとってもプライベートなことなのに、丸で時候の挨拶のように聞かれることはとても不愉快」とも答えました。また、「子どもが欲しくてもできない人もいるのに、子供が出来て当たり前のように言われるのは失礼だ」とも答えました。それがその頃の私には精一杯でした。
私は今も同じように感じていますが、女性に聞いてはいけない質問があると思うのです。しかし、それは案外どの人もその場をつなげるためだったり、そんなに意識をしないで安易に口にする質問だったりします。適齢期と言われる女性に「結婚はまだ?」、結婚した女性に対して「子どもはまだ?」、子どもを授かった女性「2人目は?」「3人目は?」など…何と思いやりのない、不躾な、配慮のない言葉でしょう!質問をした本人にとっては悪意のない、何気ない言葉がために本当に困ってしまいます。このようなごくプライベートな問題は、大勢の前やあまり人間関係が出来ていない相手に対しては決してしてはならない質問だと私は考えます。
私は子どものことには今も過敏です。子どもに対する苦手感は今もぬぐえません。「子育てが苦痛」「子どもが嫌い」と今は口に出すことをためらいませんが、どちらかと言うと「そんなことい言って…」とか、「子育てが楽になれば寂しくなるのよ」とか、たしなめられるように言われることが辛いです。女性でも子供嫌いの人がいておかしくないと思うし、育児が苦手でもかまわないと私は思います。育児は夫婦で共に育てあうことであり、母性という概念にしばられて、母親であることに縛られて、女性だけのものになってしまうのは苦しいことだと思うのです。
こうして、私が2人の子どもを授かるまでにもドラマがありました。どんな人にもその人でしか起こらないドラマがあると私は思います。私は不妊の定義に当てはまりましたが、わりと苦労なく生児を得られました。カウンセラーとして、この経験を活かして不妊に悩むカップルの役に立ちたいと考えています。また、女性にとって、結婚、妊娠、出産、育児は日常の出来事なのですがとても重大な転機でもあり、多くの決断を迫られます。そんな時々に寄り添い、支え、一緒に大きなうねりを乗り越えていく支援が出来たらと考えています。私も同様に日常では悩み苦しむ女性です。決してあなた一人ではない出来事を一緒に考え、少しでも生きやすくなるお手伝いがしたいのです。
女性のQOL(クオリティオブライフ=生活の質)を、もっと簡単な言葉で言い換えると、責められない、それでいいと尊重される人として生きていく支援を目指しているのです。
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